2017-3-14

こんにちは。

 

さっき、朝の山登りの時に野生の猿の家族と

すれ違いました。お父さん、お母さん、子供2人。

この冬をどこで越して、どうやって生き延びたんだろう。

-10度の時は、どこで暖を取っているんだろう。

 

野生の世界は色々と不思議です。

 

一昨日くらいだったかな。山の上の秋葉神社の

神様と対話していた時に、色々とお話しをして

くださって。16歳から探していた

「光の世界」「真実の世界」の扉をまた開いて

くれた感じで。

 

どれだけこの追求にストイックに歩いてきたか、

この追及に全てをかけてきたと言っても、神様は

「そうだよね。」と言ってくれると思う。

まあ、だから色々と話をしてくれているんだと思う。

 

このディープで深すぎた長旅は、光や真実を観る

為に感じる為に、

 

「どこか」という場所を捜し歩き。

「誰か」という人を捜し歩き。

 

これも違う、この人も違う。。。

その繰り返しの旅のような気がした。

そこに何も疑問を持たずに、旅を続けていたんだ。

つい、3日前まで。ずっとだよ。笑

 

良くも悪くも、強烈な引き寄せる力が

もの凄く強いから、色々な強烈なモノ場所を

引き寄せながら、光、真実を探していて。

 

環境とか、人とか、場所とか、、、

何かが違う、何かが違う、、、、その

繰り返しで。その追求に何も、疑問もなかった。

絶対的な確信もあり、その旅をやめる事は

考えてもなかったんだよね。

 

それは、ストイックで暗闇の中を彷徨う

道で、だけど間違っていない道のりで

その道のりの中で、原石が粗削りされながら

丸い球となる道のりでもあったと思うんだ。

 

だから、神様とこうして色々と話を出来る

ようになったのも、この暗闇の長い道のりの

おかげで。

 

16歳~30歳くらいまでは、その闇に飲み込まれ

物体は生きているけど、死を生きていたような

気がする。そこからも、闇なんだけど

そこからの闇は、針の点くらいの光が差されて

いたから、歩けば必ず光の世界に行ける

確信があったから、さらにストイックに

なってた。

 

この長い長い旅を、近くで

「理解できないながらも」

ずっとずっと、支えてくれているのが

母親と姉。

 

2人は私とは全く違う人格、人種だから、

私のこの長い長い旅の行先とか、なんで

苦しみ、もがいているのかとか。

理解が出来ないし、トバッチリもかなり

受けてるし。笑

だけど、私を信じてずっとずっと支えて

くれているんだ。

 

芝田じゅんが芝田じゅんとして、こうして

立っていられるのは、長い長い暗闇の

中で時に見失い荒れ狂う私の姿を見ても、

どん底の私の姿を見ても、

どんな私を見ても、ずっとずっと

愛し続けてくれていた、母親と姉のおかげ。

 

あとは、真っすぐに向き合い、

突き放されても、突き飛ばされても

その針の先くらいの光の存在を

見せてくれていた神様の手を

離さなかった。だから、神様はこうして

受け入れてくれているんだ。

だから、神様のおかげ。

 

あとね、精神を支えてくれていたのが音楽で

山の中に入り、数か月の精神修行の時も

寝る前にヘッドフォンで聴いてパワーを

貰い、つらい制作の時にいつもAtelierで

その人の音楽を流しながら、

パワーを照らしてくれている音楽家がいて。

デビュー当時から、つらい時はその

歌声を聴いて、彼女が頑張ってるから

私も頑張る。会った事ないけど、ずっと

作品で支えてくれている、鬼束ちひろさん。

彼女が一回、豹変して作品も豹変した時期

もあったけど、また最近復活している

から、彼女が頑張っているから私も頑張る。

と、作品を聴きながらパワーを貰ってる。

たぶん、同世代だし見ている世界が近い

んだと思う。

だから共鳴し続けているんだと思う。

 

自分も、自分の生み出すエネルギーから

芝田が頑張っているから、自分も頑張る。

そんな風に自分の存在が、誰かの生きる

エネルギーになっているならうれしい。

 

あと、ずっとずっと見守ってくれながら

祈ってくれているみんなのおかげだよ。

祈りの力はいつも風を運んでくれているんだ。

 

「どこか」とか「誰か」とか。

そういった外部の存在に意識を置く旅を

終えさせて貰って、これからの旅は

なんか、体の内側にワクワクする粒子が

飛び交っているんだ。

3日前までの自分と、今日の自分の見えてる

視界が明らかに変わってきた。

 

これから見えてくる世界も明らかに変わる

感触が、時空を超えて感じるんだ。

 

いつも、ありがとう。